グラジは世界ブラスナックル王者――フミ斎藤のプロレス読本#096【Tokyoガイジン編エピソード06】(週刊SPA!)

199X年

 “ザ・グラジエーター”は完ぺきなジャパングリッシュ(和製英語)である。カタカナのつづりがはじめからザ・グラディエィターだったとしたら、もうちょっと英語の発音に近いリングネームになっていたかもしれない。

 アイロンと鉄の爪アイアンクローの“アイアン”。ミシンと“マシン”。ラムネと“レモネード”。ワイシャツと“ホワイト・シャツ”。ちゃんとカタカナの日本語になっている単語はそのままにしておいたほうが耳にやさしい。グラジエーターというカタカナ表記もだんだんとそういう心地よい響きになってきた。

 マイク・アルフォンソとグラジエーターの付き合いはもう8年になる。日本にいるあいだは、どこへ行ってもグラジで通ってしまう。

 相棒ホーレス・ボウダーとスーパー・レザーの本名もマイクだから、移動用のバスのなかで金村キンタローが「ねえ、マイク」と後ろから声をかけたりすると、3人が同時に「なんだいWhat’s Up?」といってふり返る。やっぱり、レスラーはレスラーらしい愛称で呼ぶのがいい。

 グラジは、グラジエーターとGladiator(剣闘士)が同じ単語だったということをずっと気づかずにいた。あんまりみんながグラジ、グラジと発音するので、てっきりそういう日本語の単語があるものだとばかり思い込んでいた。

 グラジはある時期からかなり本気でジャパニーズを勉強するようになった。“W★ING同盟”のメンバーと行動をともにしていたころはたったひとりで日本人グループのなかに混じっていたから、いやでも日常会話が身についた。

 巡業中、退屈で退屈でしようがない状態は「トテモ、ツマラナイ」。ステーキ屋さんでお肉の焼き加減をウェルダンにしてほしいときは「ヨクヤイテ、クダサイ」。

 「オッケー」「ダメ」「ミンナ」「アッチ」「コッチ」「キョー」「アシタ」「ミギ」「ヒダリ」「ハイ、ソーデス」。かんたんな単語とフレーズを組み合わせればそれなりに会話は成立する。もっとボキャブラリーがあれば、ちゃんとした対話ができるようになるだろう。

 プロレスラーとしての実力とセンスでは、ザ・グラジエーターはどこのリングに上がっても立派にメインイベンターになれるだけのものを持ち合わせている。ある日、後楽園ホールのドレッシングルームを訪ねてきたミスター・ヒト(安達勝治)さんは、汗だくのグラジを指さして「オレぁ、こんなすげえレスラー、みたことねえ。毎週5000ドル取ったっておかしくねえ」といって目を丸くした。

 ダイナマイト・キッド、ブレット・ハート、デイビボーイ・スミスらにレスリングの基礎を教えた名コーチである安達さんをびっくりさせたのは、グラジのパワーボムとトップロープ越えのノータッチ・トペだった。

「こんなとこに置いとくのは、もったいねーや」

 すぐよこに立っていたリッキー・フジは「そりゃないっスよ」と困ったような顔でリアクションしてからガッハッハと笑った。グラジははにかむような感じで静かにほほ笑みながら「アー、ソーデスカ、ドーモアリガト」をくり返した。ドレッシングルームにはヒール軍団“リーサルウェポン軍”が勢ぞろいしていた。

 ひょっとしたら、世界ブラスナックル王座の価値をだれよりも理解しているレスラーはグラジかもしれない。世界ブラスナックル王座のチャンピオンベルトは、大仁田厚とミスター・ポーゴのあいだを行ったり来たりして、新生FMWではハヤブサがその腰に巻いた。

 子どものころからチャンピオンベルトは大好きだったけれど、グラジがほんとうに心から欲しいと思ったのはゴールドのプレートのまんなかに“げんこつ”のイラストが彫られたあのベルトだけだった。グラジはFMW史、世界ブラスナックル王座の歴史をつぶさに目撃してきた数少ないウィットネスのひとりである。

 欲しかったものが手に入ると、どうしてもみんなにみせびらかしたくなる。これは男の子の習性みたいなものだろう。荒井昌一社長に「イイデスカ?」と確認したら「いいです」という返事だったので、グラジはピカピカのチャンピオンベルトを自分のスポーツバッグのなかに入れてフロリダまで持って帰った。

 きっと家族や親しい友だちは喜んでくれるだろうけれど、プロレスという仕事でチャンピオンになることがどういう意味であるかをみんながみんな理解してくれるとは限らない。でも、それはそれでいい。

 チャンピオンベルトは、だれのためでもなく、自分自身へのごほうびのようなものだ。FMWからもらった体育会系のふだん着みたいなパープルのジャージの背中には“GRADIATOR”とプリントされている。スペルなんかどうだっていい。グラジエーターはジャパングリッシュの傑作である。(つづく)

※文中敬称略

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